徳川埋蔵金の他にも…秀吉・光秀・信玄「戦国武将の埋蔵金伝説」4選

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戦国時代の日本は、ゴールドラッシュの時代。欧州の精錬法(金を採掘・純度を高める方法)が、宣教師と商人によってもたらされた事や、領土を守るために大名達にお金が必要だったことなどから、各地で大量の金が掘り出されました。

そして、その金の一部は、今でもどこかに眠っているという噂がチラホラ。テレビでも放映される徳川埋蔵金もその一つ。そして、他にもたくさんの埋蔵金伝説が眠っているのです。

武田信玄の埋蔵金伝説

風林火山の旗印で、戦国最強と恐れられた武田信玄。今も山梨県では郷土最大の英雄として尊敬されています。その武田軍団を支えていたのが、甲斐(山梨県)の金山。金山衆と言われる鉱山師を配下に抱えて、黒川金山・梅ヶ島金山などで大量の金を生産。その力で、戦国一の騎馬軍団を擁して、信濃・駿河などを手中に収めたのです。今も昔も軍隊とその装備にはお金がかかるもの!

この武田家が息子、勝頼の時代に滅んだのはご存じの通り。そして、信玄もしくは勝頼が、武田家滅亡の前に、埋蔵金を隠したという伝説があります。

埋蔵金の隠し場所として噂されている場所は、甲州市の鶏冠山の中、諏訪湖の湖中など。

戦国武将の埋蔵金伝説 甲州と信州

明智光秀の琵琶湖に沈めた黄金

織田信長を本能寺の変で討った男。最後は羽柴秀吉に敗れたとはいえ、信長の信頼厚き部下・名将でした。彼にも、信長の本拠地「安土城にあった多額の黄金を琵琶湖に隠した」という埋蔵金伝説があります。

本能寺の変の後、安土城を抑えた明智光秀。金銀の一部は、朝廷・部下・味方になった諸将に分け与えます。しかし、天下を握った時間が短く使いきれなかった黄金があったはず。安土から坂本城に運んだものの、山崎の戦いで明智光秀が討たれてしまい、坂本城を守っていた一族の明智秀満は、黄金を琵琶湖に沈めたという話があります。

坂本城があったのは、滋賀県の大津市。今も琵琶湖の湖底に、織田信長~明智光秀の遺産が眠っているかと思うとワクワクしますね。

戦国武将の埋蔵金伝説 坂本城跡

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