バブル景気の本当にあった話…タクシー券がばら撒かれた理由、1日で値段が違う不動産

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日本のバブル経済の時期は、1986年(昭和61年)12月から1991年(平成3年)2月までを言います。

みなさんはバブル経済と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。元々お金を持っている人は、株や土地・建物など不動産の売買でさらに儲けた人がたくさんいますね。

もちろん、全ての人が株・不動産売買をしていたわけではありませんが、財テク(言い方が古いかな……)のために、家を2つ購入したサラリーマンも少なくなかったんです。

何年か前は中国のバブル特集番組がテレビで放映され、若者が高級車に乗って、夜に豪華なパーティーをしているシーンを何度もみました。彼らは口々に「今が楽しければ良いよ。」と言います。

そのテレビ番組を見て「なんてバカそうなんだろう。」と思った人は、バブルを経験していない若い人ですね。以前の日本も全く同じだったんです……。

さて、バブルの特徴といえば、お金持ちにとっては不動産売買、そして庶民にとってはタクシーチケットではないでしょうか。

今回は、バブルに浮かれたお金持ちの不動産売買の背景と庶民のタクシーチケットの背景についてお話します。

朝晩で値段が違う不動産

バブル期の東京23区の住宅地価の推移を表したグラフがあります。

出典|バブル期前後の東京 23 区の地価と現在の地価 – 大阪経済大学

これを見ると1985年に平米あたり200万だった土地が翌年には800万円になり、最盛期の1988-1991年には1200万円を超えています。85年に200万円で仕入れた土地が、たった3年で6倍になったわけです。

この時期は、土地さえあれば利益が見込めたため、最盛期には「朝4000万で買った物件が、夕方6000万で売れた」という話もよく聞きました。

日々上下の変動をする株と違い、土地は「買えば高く売れる」というシンプルさだったため、不動産業は人気の職業のひとつでした。学歴、経験より、営業力で大金を稼ぐことができる一攫千金の職業だったわけです。

不動産会社は羽振りが良く、「毎月フランス料理店で社員全員の食事会」「社員旅行は海外で家族も招待」という会社も多かったですね。

確実に上がる=買えば儲かる

さて、当時は、「土地は絶対に安くならない」という話だったので、買って売ってを繰り返すだけで利益が生まれます。

そこで、土地の売り買いを繰り返して利ざやを稼ぐ「土地転がし」というビジネスが生まれました。

土地価格の高騰を受け、ビルやマンションを建てるにはまとまった土地を買うよりも、小分けの土地を端から買って大きな土地にする方が安くなる。

デベロッパーの意向を受けて、土地を買い漁る人も数多くいました。中には多少乱暴でも土地を手に入れようという輩もいて、なかなか賑やかな業種だったようです。

人気の資格は宅建業免許

土地を売買するには宅建業の免許が必要ですが、宅建免許は当時人気の資格でした。難しさも「簿記2級と同程度」で、大体200-300時間ほど勉強すれば取得できる可能性があります。

そして宅建免許を取ってしまえば、不動産業への就職はほぼ確定という理由もあって、毎年20万人が受験し、合格者は約3万人ほど。この数字は今も変わりません。合格率16〜17%は国家試験の中では高い方と言えるでしょう。

バブル期は自分で宅建免許を持ち、一匹狼で不動産売買をする人も多くいました。もっとも、宅建業の免許がなくても土地売買はできました。不動産会社に籍をおき、営業をして成約時には重要事項説明を宅建免許取得者におこなってもらうというものです。

東京を中心に仕事はいくらでもあったため、割の良い仕事を選ぶならだんぜん不動産だったのです。

タクシー券はもうひとつの通貨

庶民のバブルを象徴するもののひとつに、「タクシーチケット(タクシー券)」があります。

今でもたまに見かけますが、当時の東京では1000円札……は大げさですが、5000円札くらい馴染みがある券だった……は言い過ぎではないと思います。

ちなみにタクシー券とは、企業などがタクシー会社に依頼をして発行する白紙の利用券のことです。タクシー券を持っていると、発行会社のタクシーに「1回自由に乗れる」というもの。

「ふーん……」と思うかも知れませんが、距離や金額に制限がなかったため、まさしく「庶民のプラチナチケット」でした。

タクシー券の使い方は、お客さんがタクシーに乗り、お金を支払う際に乗車賃をタクシー券に書き込んで運転手に渡します。運転手はそれを売上げと一緒に計上し、タクシー会社はタクシー券の金額を依頼した会社に請求する、というものです。

バブルってどんな日常?紙1枚でタクシーに乗れた時代、マネーゴーランド

学生の会社訪問にも配られた

当時の企業の中には、福利厚生の一環としてタクシー券を利用していたところもあるようです。

また交通費の領収書処理が面倒だからという理由で、タクシー券を渡していた会社も多かったのです。催し物に招いたお客様に、気軽に「お車代」としてタクシー券を渡すということがよく行われていました。

もちろん、現在はよほどの上客に限られますが、当時は会社訪問で訪れた学生にまで渡されるほど、タクシー券のハードルは低かったのです。

タクシー券は、バカ正直に帰りのタクシー代に利用しません。だって電車で帰れますから。タクシー券は大切にキープしておき、別の機会に使うというわけです。

タクシー券が威力を発揮するのは深夜、そして長距離なので、たとえば飲み過ぎで終電が終わってしまったときに、誰かがタクシー券を持っていると、メンバー全員の家をまわって送り届け、さらに気に入った子と海を見に行く……という使い方もできました。

持っている人はみんなに感謝され、懐はまったく痛みません。

バブルってどんな日常?紙1枚でタクシーに乗れた時代、マネーゴーランド

意外と合理的だったタクシー券

使われたタクシー券のタクシー料金は、回り回って配った企業が払うのですが、それが緩かったのがバブルです。

会社にとってもタクシー券は便利でした。お車代と違い現金決済の必要がありませんし、領収書が出るので経費で落とせます。

また他の金券と違い、タクシー券には利用金額が記入されていないため、金券ショップなどに売ることは(表向き)できませんでした。もちろん、渡した相手もほぼわかるため、あまり無茶をされる恐れはありませんでした。

今なら反社会的勢力の手に渡ると面倒なことになりそうですが、当時の彼らは土地転がしなどもっと大きなシノギに夢中だったため、こんなチンケな稼ぎには目もくれなかったのです。

さらに、これは噂話のレベルですが、タクシー券を利用する企業とタクシー会社の間には、さまざまな取り決めがあったようです。

タクシー料金は言ってみればサービス料で、原価がはっきりしているものではありません。そのため、企業とタクシー会社が、使っても使わなくても「月にいくら」という利用契約を結んでいたという話がありました。

たとえば、その額が一億としましょう。企業は毎月出ていく金額が決まっているので、煩雑な事務処理が省けるうえ、先の見通しが立てやすく、タクシー会社は多少の割安感があっても定期収入があるのがうれしい。

そんな上層部のウィンウィンの関係が、わたしたち下々にまで恩恵を及ぼしていたのです。ちなみにある出版社ではギャラの数倍もタクシー代がかかっていたアルバイトがいました。

全て、ウソのような本当の話……。あくまでも、大らかな時代のお話です。そして、そんな時代はもう2度とやって来ません。

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